ゲスライフ

毒親育ちの解毒ブログ

毒親との思い出 その3 〜ジグザグ〜

 

僕がはじめて経験した、母の毒親エピソードを書こうと思います。

 

はじめての経験だったので、幼少期であってもその時の母の表情や言葉なんかを割と鮮明に覚えています。

 

 

 

 

 

 

 

僕が幼稚園の年中か年長だった頃、母が幼児教育用の本を買ってきました。

 

直線や波線、ジグザグな線を鉛筆でなぞっていくというもの。簡単な迷路もあった気がします。

 

4〜5歳の男児はまだ鉛筆を満足に持つことも出来なければ、綺麗に線をなぞることもできません。

 

その教材はむしろ、鉛筆を持つのに必要な指先の感覚を鍛えるためのものであったはず。

 

しかし母はハミ出しまくりの僕の歪な線を見るなり

 

 

 

「なんでこんなのも出来ないんだ!」

 

「こんなんじゃお友達に笑われちゃうよ!」

 

「〇〇ちゃん(僕の友達)はもっと上手に書けると思うよ!」

 

 

 

と大声で僕を叱りつけました。

 

半ベソで必死にジグザグ状の点線に喰らいつきますが、それでも上手く書けません。

 

しかし母の追撃はまだ終わりません。

 

まだ赤ん坊の弟を抱きかかえながら

 

 

 

「ほら!弟ちゃんが笑ってるよ!お兄ちゃん赤ちゃんみたい!」

 

「弟ちゃんの方が上手く出来るんじゃない?」

 

 

そう言われたところで、僕はとうとう泣きだしてしまいました。

 

 

「もうやりたくない」

 

確かこんなようなことを言って投げ出そうとしました。

 

 

すると

 

 

ゴツン!

 

 

 

拳が空から降ってきました。

 

 

 

 

頭に何か落ちたような衝撃だったのをよく覚えています。

 

 

 

そのあとも母は、僕をナジり続けながらその教材を続けさせました。

その時に母が何を言っていたかは覚えていません。

 

その時の僕は、早くこの時間が終わることだけを考えていました。

 

 

 

この日を境に何かある度に、

 

弟と

 

友達と

 

親戚の子と

 

テレビに出てくる同世代の子どもなんかとも比べられていくことになります。

 

母の僕に対する暴力も徐々にエスカレートしていきます。

 

 なぜ今まで優しかった母が、この時期から異常に厳しくなったのか。

 

「この程度のことで殴るか?」

と思うような場面でも僕をボコボコ殴るようになったのか。

 

そこには彼女なりの「ある理由」があるのですが、長くなりそうなのでまた今度。(まあ意味不明かつ理不尽ですが)

 

 

 

 

 

 

小さい頃は暴力のほうが怖くて、毎日毎日ビクビクしながら生活していました。

 

しかし、大人になった今、思い出して苦しくなるのは

 

・誰かと比べながら貶されたこと

 

・ほとんど褒めてくれなかったこと

 

・唐突にイチャモンをつけられ怒られること

 

など、精神的なことの方です。

 

そして頭から離れないのは、辛辣な言葉を僕に向けるときの母の表情です。

 

あの表情は、決して自分の子どもに向けていい表情ではないように思います。

 

 

 

 

 

本当に怖かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毒親との思い出 その2 ~Ctrl+A Deleteの毎日~

 

 

毒親」という存在を知ってから、僕は母との嫌な記憶ばかり思い出すようになりました。

「ああ、こんなこと言われた」

「そういや、こんなこともされたな」

辛かった体験を思い出すことで、再び体験するような状態になってしまい、その度にひどく落ち込むこともあれば、寝れないくらいイライラしてしまう日もありました。

そんなことを繰り返し、仕事にも集中できずミスを連発してしまうことが何度もありました。

 

 

胸の中にあるこのドス黒いものをどうにか発散させようと、
PCのメモ帳に母との嫌な思い出を書きなぐってはCtrl+A Delete書きなぐってはCtrl+A Delete...

そんなことを何度も繰り返し、どうにかメンタルを保っていました。

この頃の僕は、誰かにこの悩みを打ち明ける勇気はありませんでした。


今感じている生きづらさを、親のせいにして逃げているのではないか。

母が厳しかったのは、僕が悪い奴だったから、僕が甘ったれだったから。
結局自分の欠点を向き合うのが嫌だから、母のせいにして逃げてるだけなのではないか。


そう他人に思われてしまうことがとても怖かったからです。

 

こういう他人を信用できない性格も、思えば母の影響があったのではと、今となっては思います。


たぶん次回からは、具体的に母と何があったのかを書くと思います。

 


つづく。

 

 

 

毒親の思い出 その1 ~毒親との出会い~


僕は毒親(母子家庭)育ちです。
しかし、僕が自分の母親を「毒親」だとはっきり意識したのは割と最近です。
現在、僕はアラサーで会社員をしていますが、就職して一人暮らしを始めた頃までは母親のことが好きでした。

 

「自分が悪いから怒られるんだ。結局いつも母は正しい。」
「自分が悪いから、時々殴ったり蹴ったりしていたんだ。自分はそれだけのことをしたんだ。」
「母は僕が社会に出て負けないように厳しく育ててくれたんだ。」

 

そうやって僕は母を信じていました。

 

5~6年前、僕はある女性のブログを偶然見かけました。
ブログに登場する女性の母親の言動は、僕の母とそっくりでした。
彼女は幼少期に母親から受けた言葉の暴力で心に深い傷を負い、
母親から離れて暮らしている今でも、呪いの様に彼女を苦しめていました。
その女性は彼女の母親のことを「毒親」と呼んでいました。

これが僕と「毒親」との初めての出会いです。


そのブログの内容に衝撃を受けた僕は、スマホの検索欄に「毒親」と打ち込み、「毒親チェックシート」なるものにたどり着きました。

 

 

Q.親から暴力を振るわれることが多かった・・・・YES
Q.言動や容姿を馬鹿にされることが多かった・・・・YES
Q.その日の気分によって接し方が変わる・・・・YES
Q.他人の前で大声で叱る・・・・YES


気づくと10数個あったチェック欄のほぼすべてにYESがついていました。
当然結果は、


「あなたの親は毒親である可能性が高いです。」


「YES」をタップしている段階から、幼少期から現在までの母に関する記憶があふれ出るようにして甦ってきました。
自分の母親が「毒親」なるものに該当することへの衝撃・悲しみもありましたが、それと同時に「ああ、やっぱり」と、どこか納得している自分がいました。


それでもまだ、僕は自分の母親が悪い親だと信じることができないでいました。

 

つづく

 

はじめまして!

はじめまして。ゲス顔です。

 

このブログではあえてテーマを絞らずに雑多に書いていこうと思います。

 

毒親との思い出(現在進行形含む)

・好きなアメコミの話(感想とか)

・話題のニュースについて

・日常生活の気づき

 

なんかを書いていこうかなと考えています。

 

学がないもんで文章は稚拙かもしれませんが、よろしくお願いします。